|
映像で綴るロータリーの歴史とポール・ハリス
| 1905年 | 2月23日、シカゴ・ロータリークラブ創立 |
| 1906年 | シカゴRC定款制定及び改定 |
| 1907年 | 公衆便所設置運動(シカゴRC) |
| 1908年 | サンフランシスコRC設立 |
| 1909年 | オークランド、シアトル、ロスアンゼルス、ニューヨークRC設立 |
| 1910年 | 全国ロータリークラブ連合会結成、第一回全国大会が開催される。 ロータリーの綱領制定。 |
| 1911年 | ロータリー宣言の結語として[ He profits most who serves best ] を採択。 機関誌ナショナル・ロータリアン誌発刊。 |
| 1912年 | 国際ロータリークラブ連合会に改称。ロータリー・マーク制定。 機関誌名をザ・ロータリアン誌に改称。ロータリーの綱領改定。 |
このように現在までロータリーの歴史は着々と築かれて来ています。
ロータリーの創始者ポール・パーシー・ハリス Paul Percy Harrisは、1868年4月19日ウイスコンシン州ラシーン Racine, Wisconsinで生まれました。
彼の家系については、父方がスコットランド系、母方がアイルランド系の移民であること以外は詳しいことは判っていません。父方の祖父、ハワード・ハリスはウオーリングフォードで農園を経営し、この町の有力者となりました。母方の祖父ヘンリー・ブライアンはラシーンの市長を勤めるほどの有力者だったにもかかわらず、金鉱探索に失敗して無一文になったといわれています。
1905年2月23日木曜日の夜は、とても寒い夜で、ミシガン湖から吹き付ける、小雪まじりの身を切るような寒風が吹き荒んでいました。ポールと、彼の顧客でもあった石炭商シルベスター・シールSilvester Schieleは、イリノイ街18にあったマダム・ガリMadame Galliの店で夕食を摂りながらに、兼ねてから話していたロータリークラブ結成の構想を具体的に説明しました。マダム・ガリの店は、テノール歌手のカルーソーなどの有名人がよく利用する、ポールお気に入りの店でした。
シールはポールの構想に全面的に賛同しました。二人はシカゴ川にかかる橋を渡って、シカゴ市ディアボーン街127 N.ユニティビル711号室にある鉱山技師ガスターバス・ロアGustavus Loehrの事務所に行きました。
そして、既にその場で待機していたロア、洋服生地商ハイラム・ショーレーHiram Shoreyと共に、ロータリークラブ設立のための最初の会合が開かれたのです。
映像で綴るロータリーの歴史とポール・ハリス
2009年 2月27日 掲載
|